スタインウェイを買うなら1900年〜1967年もの?

「ニュースタインウェイ」という単語が気になって、つまりスタインウェイのピアノに新モデルがあるのか?と思って、図書館にあった『スタインウェイとニュースタインウェイ』という本を借りてみた。



まぁ、私にはまず縁のない(せめて試弾くらいはしてみたい…)スタインウェイのピアノであるが、製作年代によってかなり品質が違う、ということが書かれている。

この本には、スタインウェイの品質が低下していることに対して一石を投じたい思いが滲み出ている。私などが聴いて分かるほどの品質の違いかどうかは分からないが…。

以下、メモ的感想文と最近のスタインウェイの状況メモ。


steinway.png


楽器としての復元力

 
スタインウェイ・ピアノの特徴はその音質・音量や弾き心地の良さにあると思われる(想像するしかない…)が、この本の著者(磻田耕治 氏)によると、楽器としての「復元力」の大きさが他の楽器と違うらしい。

復元力とは、オーバーホール(すべての弦を張り替え)したときにどの程度元の状態に戻るかということ。通常のピアノでは元の能力の70〜80%程度だが、スタインウェイは100%あるいはそれ以上に復元できるようだ。

その理由として一番大きいのが「設計」で、他のピアノとは一線を画しているらしい。そして使われている部品(木材、鉄骨、フェルト、等)の品質。


例えば、ピアノの音を決める重要な要素の一つである「響板」。強く張り詰めた弦の圧力が「駒」を通じてかかり続けるため、経年劣化して響板が沈下していくのが普通である。

が、スタインウェイでは、響板にかかる弦圧力を鋳物のフレーム、支柱、胴体とのあいだで調整し、響板が沈下しないように作られているようだ。

実際、スタインウェイの響鳴板は弦を取り除くと浮き上がってくる、つまり板が元に戻ろうとする力を貯えているらしいのだ。これが長寿命の秘密の一つだろうと、著者は推測している。


いい音の元は「弱さ」?

 
ところが、その強大な音量からは想像できないが、スタインウェイのピアノは外部からの衝撃などにはまったく弱いそうだ。逆に、日本のピアノなどは鉄骨、胴体、そして響鳴板の部分がやたらと強靭に作られており、それらの部分に「あそび」がなさすぎる、とのこと。

いい音を出すことにこだわると、「極端に言えば、ピアノは弦の張力で胴体、フレーム、響鳴板が少々縮むぐらいのきわどい設計で作られるべき」と著者は言う。

軽量で適度の弾力性のある鉄骨と響板と弦とが、ちょうどよいバランス(テンションバランス)をとって、もっとも力強く豊かな音を響かせるようになっているのだろう。


もう一つ、意外だったのは弦の張力の弱さ。著者が実際に計測したデータが載っている。一部を引用すると…。

S=スタインウェイO型(ドイツ製)
B=ベヒシュタインM型(ドイツ製)
Y=ヤマハC3(日本製)

上の3つのピアノで「F音(69鍵)」の弦の「張力(kg) / 長さ(cm) / 太さ(mm)」を測った結果が下記。

S:68.828kg / 13.30cm / 0.875mm
B:89.357kg / 14.40cm / 0.925mm
Y:78.002kg / 13.80cm / 0.900mm

つまり、スタインウェイは他社に比べて、弦が細く短く、張り方が弱い。大きな音のイメージとは逆だが、張力は弱い方が豊かな音になるような気がしないでもない。


一番いい時代のスタインウェイ


この本の中で何度か「この年代のスタインウェイが一番いい」といった記述が出てくるが、それぞれが微妙にずれている…(^^;)。

一級建築士みずからが自然木を選定し仕上げた建造物にも匹敵するような「昔の良き時代(1900年頃から1967年頃)」のピアノ、とった記述があるかと思えば、「大正の初期頃から昭和15年頃まで(1912-1940 )」「第二次大戦後の昭和25年頃より昭和45年頃まで(1950-1970)」のスタインウェイは「素晴らしい」とも書いてある。

「1890年〜1930年」が 最高、その次が「1940年〜1970年」と書いてある場所もある。まぁ、大きく違っているわけではないが…。

で、気になっていた「ニュースタインウェイ」であるが、これは著者の造語で、「現在製作されている残念な(素晴らしいとは言いがたい)スタインウェイ」を指しているようである。とくに、1970年頃以降のハンブルグ製はよくないらしい。(この本の著者の意見である…念のため)

まぁ、それでも他社のピアノよりは格段にいい、というか比較にならないとも書いてある。一番いい頃の「素晴らしいスタインウェイ」を知る、スタインウェイ・ピアノを愛する人ならではの嘆きだろう。


品質劣化の原因

 
残念な品質になってきた原因であるが、基本的には「ハイテク技術がスタインウェイダメにしている」ということらしい。

つまり、高周波などで短期間で木材を乾燥させること、コンプレッサー等で木材を瞬時に整形すること、フェルトを加熱貼などで硬化させること、等々。

ちょっと面白かったのが「フェルト」の劣化の話。原因は「酸性雨」だそうだ。

羊の毛が酸性雨に当たって劣化するだけでなく、間接的には羊の食べる草からの影響もあるらしい。その結果、生産されるフェルトの品質が悪くなってしまったとのこと。

ちなみに、過去最高品質のフェルトは1930年〜1980年頃のもので、毛足も長く適当な脂肪分を残していた。それ以降のものは硬くなっているようだ。

また、最近はビートの効いた音が好まれるようになった結果、フェルトの調整も硬めになっているという話もあるらしい。

全体的には、儲け第一主義の世の中の傾向も影響しているだろう。老舗のピアノメーカーも今や「ファンド」の売買対象になっているのだから…。


最近のスタインウェイ社の歴史(買収履歴?)

 
ということで、現在のオーナーを調べていたら、歴史をまとめた資料(↓)を見つけた。

✏️「スタインウェイの技術革新とマーケティングの変遷」(京都マネジメント・レビュー)

参考までに、下記に1900年以降を抜粋した。

1907 ドイツ、ハンブルグ工場、独自部品の使用開始
1909 ベルリン支社開設
1925 マンハッタン WEST57thStreet に新スタインウェイ・ホールを設立
1926 従業員 2,300 人、年間生産台数 6,294 台と生産のピークを迎える
1972 CBS がスタインウェイを買収
1985 ボストンの投資家グループがスタインウェイ&サンズを含め CBS の全音楽部門を買取
1994 スタインウェイ・アカデミーを設立
1995 バーミンガム兄弟がスタインウェイをセルマー社に売却
1996 セルマー社がスタインウェイ・ミュージカル・インスツルメンツ社と社名変更
2000 ドイツのカール・ラング社を買収
2013 ポールソン&カンパニーがスタインウェイ・ミュージカル・インスツルメンツを買取



最後(2013年)の買収は途中で「コールバーグ・アンド・カンパニー」が「ポールソン&カンパニー」に変わった(↓)ようなので修正してある。

✏️ポールソン&カンパニーによる買収について(リリース文)
✏️スタインウェイ社の新オーナー(調律師ブログ)


ポールソン&カンパニーは現時点では株を非公開にしているようなので、じっくり育てようということなのか?状況はよく分からない。


おまけ:最近のスタインウェイ

 
現在の状況をスタインウェイ&サンズ社の公式ページで見ると、iPadで制御する自動ピアノ "SPIRIO" が目立つくらいだろうか。

"SPIRIO" は、2014年に買収した Live Performance 社の技術を使って開発されたもので、2015年に発売されている。日本では今年(2017年)の後半に発売予定らしい。


メモ:普及価格帯のBOSTON は河合楽器製作所でのOEM生産。さらに安いESSEXの製造は、韓国のYoung Chang社、中国のPearl River社。







『ピアノ教本選び方と使い方』という本…

図書館の新着図書に『レッスンの効果を倍増させる! ピアノ教本 選び方と使い方』という本が入ったというメールが来たのでとりあえず予約してみた。この3月に出たばかりの本だ。

昨日、その本を借りて来たので、パラパラと読んでみた。まぁ、私のような我流の独習者にはあまり役に立たないだろうと思ってはいたのだが、予想以上に「対象読者」ではなかったようだ…(^^;)。



タイトルを見て少しだけ期待したことは2つ。

ひとつは、中上級者も含めた教本の体系、あるいはメソッドごとの?レベル体系みたいなもの。つまり、これぐらいのレベルの人向けの教本や練習曲にはどんなものがあるかが一目で分かるような内容。

もう一つは、ここまで高齢社会になっているのだから、子供だけではなく大人やシニアがピアノを勉強するときの教本の紹介も、もしかするとちょっとは載っているのではないか…という期待。

まぁ、結果的には両方とも裏切られたわけだが、そもそも「想定読者」が違っているので、それは期待する方が無理だ…。


ちなみに、想定読者は「ピアノ指導者」、つまりピアノの先生なわけだが、パラパラ見た感じでは幼児の導入教育と子供(小学生くらい?)向けの教本についての記述が多いようだ。

でも、せっかく読んだ(斜めに…)ので、いくつか感想文的メモを書いてみることにする。


まず、(恥ずかしながら…)ピアノ教本というものについて大きな勘違いをしていた。ハノンとかチェルニー(ツェルニー)が「教本」で、ソナチネ・アルバムとかが「練習曲集」だと思っていたのだ…(^^;)。

この本を見て何となく理解したのは、つぎのようなことだ。

教材には「主教材」と「副教材」とがあって、ピアノ教本のメイン(主教材)は「総合学習分冊型教本」と呼ばれるものらしいこと。具体的には、バスティン・メソード、グローバー・メソード、アルフレッド・メソードによる教本や「ピアノランド」などのこと。

何となく名前は聞いたことがあるような気がする。アルフレッドというのは知らないが、グーグルの画像検索をするとこういう(↓)表紙が出てくる(やはり見たことはない…)。

alfred.png

で、これらは「螺旋型学習法」(スパイラル・ラーニング)と呼ばれる考え方で作られているらしい。

これは、和声・ソルフェージュ・理論といったものを、ピアノ学習レベルが初級から中級・上級に上がるにつれて、和声なら和声の中でだんだん難しいものを勉強していく、ということを言っているようだ。


で、副教材にはテクニック教本、練習曲集、ワークブックがあって、「ハノン」「ブルグミュラー」「ツェルニー」などはテクニック教本ということになるようだ。

残念ながら、テクニック教本に関する説明はほとんどない。個人的には、このあたりのことが知りたかったのだが…。


それから「巻末資料」として、ピアノ教本などの一覧表があるのだが、ちょっと興味をひかれたのが「おもな練習曲集の著者」というもの。20人ほどの一覧表だが、知っている人は半分くらいしかいなかった。

聞いたことのある名前としては、ツェルニー、ハノン、ル・クーペ、ブルグミュラー、グルリット、ピシュナ、クラマー、ビューロー、モシェレス、モシュコフスキー。「クラマー・ビューロー」で1人の名前だと思っていた…(^^;)♪

たぶん、家にある教材の表紙などで見覚えのある名前がほとんどだと思う。

参考までに、知らない人を書いておくと…。

ウォールファールト(ドイツ)
ベルティーニ(フランス)
ヘラー(ハンガリー)
ベーレンス(ドイツ)
デュベルノア(フランス)
ルモアーヌ(フランス)
ストリーボッグ(ベルギー)
プレディー(ドイツ)
マイカパル(ロシア)
レッシュホルン(ドイツ)


まぁ、よほど気が向いたら、どんな曲を書いた人なのか調べてみるかもしれない…。







ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールについて(読書メモ)


今年はヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールの年なので、『ヴァンクライバーン 国際ピアノコンクール 』という本を読んでみた。

単なる、コンクールの様子や出場ピアニストの紹介という以上に面白かったので、興味深かったところだけをメモ的に書いておきたい。


著者は、自らもピアノをたしなむというハワイ大学教授の吉原真里(→本人サイト)という人。2009年、辻井伸行クンが優勝した第13回コンクールを取材して書かれた本だ。

副題に「市民が育む芸術イヴェント」とある。たしかにそうなのだが、この本を読んでみると、むしろ「フォートワースの富豪が育む…」と言ったほうが当たっているような気がした。




ただ、アメリカの「富豪」はスケールが違うだけでなく、質的にずいぶん違うような気がする。

あり余る財産に加えて、自分たちの労力や気持ちも、地域の文化振興や芸術のために惜しげなくつぎ込み、それを自らの喜びや誇りとしているように見える。


富豪たちが育む…


例えば、コンクールを運営するヴァン・クライバーン財団の予算は、コンクールの開催年は約510万ドル、それ以外の年は230万ドルにのぼるが、その57%が個人や民間団体からの寄付によるものだ。

他は企業からの寄付が21%、事業収入が20%となっている。


コンクール開催中、30人のコンペチターにはそれぞれにホスト・ファミリーがつく。ホスト・ファミリーは無報酬で、「自宅」内に滞在場所、練習場所などを提供し、食事や空港までの送迎、休日のお相手など至れり尽くせりの世話をする。

とくに重要なのが練習環境である。グランドピアノ2台(協奏曲練習のために2台必要)を24時間いつでも自由に弾ける環境が必要とされる。ピアノはスタインウェイ社から貸し出される。

こんなホスト・ファミリーを買って出るような金持ちは日本にはあまりいそうもない…?


プロのアート・マネジメント


このコンクールは、1958年の第1回チャイコフスキー・コンクールで優勝したヴァン・クライバーンにちなんで設立され、1962年9月に第1回が開催された。

ちなみに第1回コンクールには、審査員に井口基成、参加者に弘中孝(8位)、中村紘子(ファイナルで病気のため途中棄権)が日本から参加している。


現在のようなトップクラスのピアノコンクールに育て上げた人物が、リチャード・ロジンスキという人物。1986年に運営委員長に就任し、1989年第8回コンクールから20年間活躍した。

その父は国際的な指揮者であるアルトゥール・ロジンスキであるが、本人はアート・マネジメントの専門家である。

アート・マネジメントとは、芸術的知識やコンサートやホールの運営能力だけではなく、マーケティング、"grant writing"(公的資金や助成金の獲得、民間・個人とのネットワークによる資金集め)、人事など実に幅広い能力や人脈が要求される。

このロジンスキの尽力によって、ヴァン・クライバーン・コンクールが地元フォートワースに根付き、育っていったのだと思われる。(日本にもこういう専門家が欲しいものだと思う…)


ヴァン・クライバーン・コンクールの形


ロジンスキの手によって、次第に現在のクライバーン・コンクールの形が出来上がっていった。

例えば、演目をプロの演奏活動に近い形に変えた。依嘱する現代曲以外ほとんど自由にプログラムを組むことができる。また、ソロだけではなく、室内楽と2つの協奏曲を演奏する。

入賞者(1〜3位)に対しては同等の賞金・賞品(3年間の演奏機会とマネージメント)が与えられる。


また、コンクール以外(の年)にも、コンサート・シリーズや教育プログラムなどを行なっている。2002年度からは "Cliburn at the Modern" という現代作曲家作品の演奏会シリーズも行われ人気を博している。

ヴァン・クライバーン国際アマチュアコンクールを始めたのもロジンスキだ。「人びとに『人生を楽しみなさい』というメッセージを送りたかった」と言っている。

《ヴァン・クライバーン国際アマチュアコンクール、何かすごい!》


もう一つ感心したのが、本選中に行われたシンポジウム。

領事や外交官が芸術・文化外交を論じるディスカッション、取材している記者たちが音楽ジャーナリズムの現在について話し合うフォーラム、審査員たちがコンクールについて語るシンポジウム、本選の指揮者ジェイムズ・コンロンによる講演と質疑応答。…といった充実した内容だ。

こうした、コンクール以外の幅広い文化的活動が、ピアノコンクールの価値を高めているようにも見える。


クライバーン・コンクールが目指すもの


関係者が口を揃えて言っているコンクールの目的は、

「真の芸術家の資質を備えていて、プロとしてすぐに活動を始められる準備ができているピアニストを見きわめ、…キャリアの扉を開ける手助けをする」

…ことであって、「スター」の発掘でも、今後の成長が期待できる「若い才能」の発見でもないということだ。

そのため、プロのピアニストが行うようなリサイタル、室内楽、2つの協奏曲の幅広いレパートリーが要求されるとともに、短期間でのあらゆるプレッシャーに負けない体力・精神力が試される。


審査員向けハンドブックには次のようなことが書かれている。

「審査員は、コンクールでの演奏中、音楽性、様式的整合性、音楽的高潔性、作曲家の意図の理解、形式的整合性、音色についての感性、個性、創造的イマジネーションなどといった、明らかに考慮すべき点に注意を払うようお願いします。

しかし、それと同時に、審査員は、内なる耳 -- それは、心、または魂と呼ぶべきでしょうか -- をもって演奏を聴いてください。つまり、音程やリズム、音量などといったことを超えた、…われわれの感情をあふれさせ、われわれの価値観を育んでくれるようなもの、それこそに耳を傾けてほしいのです。…」


「音楽的高潔性」「内なる耳」「価値観を育んでくれるようなもの」…なかなかいい言葉である。


おまけ&予告?


…と、この本を読んで面白いと思ったことについて書いてきたが、気がつくと肝心のコンクールの具体的なこと何も触れてない記事になってしまった…(^^;)。

まぁ、コンクールの様子、参加ピアニストやその演奏に関すること、パーティなどのエピソード…などに興味のある方は本書を読んでいただきたい。


ただ、今回書いたこと以外に、気になったことの一つが入賞した3人のピアニスト、1位の辻井伸行クンとハオチェン・チャン、2位のソン・ヨルムのことだ。

それについて書き出すと、長くなるので、別の記事としたい(書く元気があれば…)。

参考:《ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール出場者30人:日本人は深見さん一人…》
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『楽譜を読むチカラ』から「いい演奏」のヒント ♪


「いい音楽」とは何か、「いい演奏」とは何かということを、ずっと(ときおり)考え続けている。その全体像はなかなかつかめないのだが、いくつかの側面が垣間見えたりすることもある。

これまでに書いたいくつかをご紹介しておく。

《「いい音楽」とは》
《ピアノから音楽が聴こえて来る演奏 ♪(チャイコンから)》
《いいピアノ演奏の条件?「音楽」を奏でるために…》



で、今日の記事は『楽譜を読むチカラ』という本の感想文その3とも言えるのだが、「いい演奏」を考える上でのヒント・材料になりそうなことを3つほど書いておきたい。


text zum klang.png



「いい演説」のような演奏


昨日の記事(感想文その2)でも少し触れたが、音楽の演奏というのは言葉による演説や朗読によく似ていると思う。

「いい演説」では、その時その時の短い時間で語られる内容に惹きつけられる魅力があると同時に、話全体の構成や内容のつながりも分かりやすく説得力がある。そして聞き終わったときに感動したり思わず拍手をしたくなるものだ。

「いい演奏」にも同じようなことが当てはまると思う。フレーズや音色の美しさや魅力とともに、曲の流れに説得力や、次への期待が高まるような展開力があって、全体を聴き終わったときにそのすべてが「よかった ♪」と思えるわけだ。


「演奏者に求められることは、この筋道を意識することでしょう。これによって聴者は素晴らしい演説を聞いたときのように、ひとつひとつの音ではなくむしろ全体でわかったと感じるでしょう。こうして音楽の共感とも呼べるような精神的そして感情的な経験が生まれるのです。」

「演奏には演説と似たような要素があります。主張、問いかけ、証明、まとめなどです。」



なぜそのように書かれているか?が分かる演奏


「楽譜通りに弾く」という表現にはよくお目にかかる。でも、その意味するところが文字どおりだとすると、ちょっと違和感がある。

楽譜は、作曲家が書きたかった音楽を、制約のある記譜法で表現できる範囲で書いた「基本設計図」のようなものだからだ。そこから、どれだけのものを引き出して「音楽」にするかが演奏家の腕の見せどころなのだと思う。

なので、この本に書かれている次のような箇所は「そうかも知れない」と思った。

「『書かれてある通りに』演奏するのではなく、なぜそのように書かれてあるのかが、人が聴いてわかるように演奏することが大切である…」

「演奏というのは音楽のしくみを聴こえるようにすることです。作曲家はどうしてこのように書いたのかを示すことです。従って説得力のある演奏というのは、いつもふたつの要素で成り立っています。ひとつめは作曲家の書いた通りに演奏するだけ…、さらには…自分なりに解釈すること…。」



なぜ「ナルホド」とまで思わないかは「なぜそのように書かれてあるのかが、人が聴いてわかるよう」な演奏が、実際にどんなものなのか直感的に想像できないから…。


身体の動きによる感情表現


演奏中のピアニストの動きは、良くも悪くも気になるものだ。美しい音楽的な?動きがあるかと思えば、何とも興ざめなわざとらしい仕草もある。

身体の動きに関しては、次のようなことが書いてある。

「どんな動きも感情を表現します。この意味で動きは感情表現であると言えます。」

「曲の中に新しい要素を発見すれば、身体感覚も新しくなります。音楽的に成長することは、同時に身体感覚の成長でもあるのです。」

「音楽のイメージでもって動きがコントロールできればしめたものです。」



どれもナルホドと思えるものである。そして…

「反対に何か特別な態度や動きをやっつけでしてみたり、格好をつけたりして、音楽の歪んだイメージを演奏に移してしまいますと、その人らしさも表れませんし、演奏者としてのモラルも問われてしまいます。」

という箇所を読んだときには、何人かのピアニストが思い浮かんで思わず苦笑してしまった…(^^;)。


【参考記事】
《ピアニストのオーバーアクション・顔芸とピアニズム!?》
《ピアノ演奏は「見た目が9割」?》



おまけ:「読書メモ」(抜き書き)へのリンク集。

《「楽譜を読むチカラ」読書メモ1》
《「楽譜を読むチカラ」読書メモ2》
《「楽譜を読むチカラ」読書メモ3》
《「楽譜を読むチカラ」読書メモ4》
《「楽譜を読むチカラ」読書メモ5》







『楽譜を読むチカラ』からピアノ練習のヒント♪その2


『楽譜を読むチカラ』という本の感想文(その1)を書いてから(↓)ずいぶん経ってしまったが、感想文その2である。

《『楽譜を読むチカラ』チェロ奏者からピアノ練習のヒント ♪》




表情をつけるヒント


曲に「表情をつける」ときにヒントになりそうなことが「特徴をつけて演奏しよう」という章に書いてある。

下記のような項目について説明してあるが、ここでは、自分の練習に参考になりそうなことを順不同で書いておこうと思う。

1. 音楽の曲線
2. 細部の強調
3. 強弱による枠づけ
4. ルバートとアゴーギクによる枠づけ
5. アーティキュレーションとフレージングの関係
6. 突然の変化



「音楽の曲線」というのは、楽譜の記譜法はほとんどが直線で書かれている(クレッシェンドとか…)が、音楽のダイナミクスや流れは「曲線的であること」が基本、ということである。

単純に絵にすると(↓)、例えば赤い線のようにではなく、緑の曲線のようにフレーズを作るということなのだろう。が、技術的にはそれなりに難しい気もする…。

phraseYAMA.png

曲線的に変化させるということを前提に、フレージングのやり方が2つ書いてある。強弱による方法と緩急による方法である。

強弱については、やや後半に山を持ってくるイメージで、クレッシェンドしてディミヌエンドする。上の絵もそういうつもりで作ってある。

緩急によってフレーズを作る場合は、原則として対象形、つまりアッチェレランドしてリタルダンドする折り返し点はフレーズの真ん中あたりになる。



フレーズの山では、アクセントをつけたり、少しゆったりしたり、といった「強調」をすることもあるが、聴く方もそれを期待しているので、いつも同じだと陳腐な印象になりかねない。

そういう場合、逆に小さくして緊張感を高めるとか、音の立ち上がりに変化をつける、一瞬の間をおいて遅らせる、といった方法もある。



面白いと思ったのは、朗読に例えられた「アーティキュレーション」の話だ。

「すぐれた朗読家は言葉のアーティキュレーションをコミュニケーションの手段としています。また言葉のアーティキュレーションは独自のフィードバックをします。明瞭に発音された言葉は、語られた内容そのものにも影響を与えるのです。」

音楽も同じで、明確なアーティキュレーションによって演奏の質を高め、音楽の流れをよくすることができるということだ。「朗読」の比喩は分かりやすいと思った。


独り言:言葉の力を借りる


練習で習得した技術を維持・強化するために、言葉の力が役に立つということが書いてある(↓)。

「新たに習得した行動を半永久的に維持するためには、それを強化してやることが必要です。これには言葉が重要になります。言葉というのは私たちをとても励ましてくれます。…どんなふうにしたいのかを、練習のときに独り言でもいいから言ってみるのもいいでしょう。」


自分の練習を振り返ってみると、何となくやって「うまくいかないなぁ」とか「だめだ〜」とか、「もう一度部分練習しよう」とかを心の中で思っているような気がする。

次に何を練習するのかとか、何を意識するのかとか、何がうまく行って何がダメだったのかとか、内容についてはあまり考えずとにかく弾いている、…のかもしれない。

なので、次回から練習中に「独り言」で自分を励ましてみようと思う。自分が「どう表現したいのか」「そのために何をするのか」「その結果どうだったのか」などを、練習の区切りでつぶやいてみよう…♪


待つ:結果を定着させる


もう一つ試してみようと思っているのは、弾き終わった後に「数秒間待って、練習内容を記憶する」こと。

とくに通し練習の段階になって、曲を弾き終わった後にはこういうやり方は意味があるのではないかと思う。その理由はこういうふうに(↓)説明してある。

「頭で考えていた演奏を形にしていくにあたっては、まず全体を通した後に数秒間待って、今の練習内容を記憶することが大切です。終わってすぐに次の演奏を始めますと、しようとしている演奏と今聴いたばかりの演奏、さらに次の演奏とがオーバーラップしてしまい、干渉し合ってしまうからです。そうなると何をどのように演奏したいかがわからなくなってしまうのです。」

少なくとも、「どういう演奏にしたかったか」と「どういう演奏だったか」を大まかにでも比較する時間が必要なのではないかと思った。



以上、感想文その2。下記は「読書メモ」(抜き書き)へのリンク。

《「楽譜を読むチカラ」読書メモ1》
《「楽譜を読むチカラ」読書メモ2》
《「楽譜を読むチカラ」読書メモ3》
《「楽譜を読むチカラ」読書メモ4》