『蜜蜂と遠雷』風変わりな感想文?

読書の秋に向けて…というわけではないが、そして今更という気がしないでもないが、恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』を読んだ。



小説はほとんど読まないのだが、テーマが国際ピアノコンクールということで読んでみた。これが実に面白かった。第156回直木賞(2017.1.19)、2017年本屋大賞(2017.4.11)を受賞しただけのことはある。

それにしても、よくこれだけのリアルな(実際のコンクールで実在のコンテスタントがそれぞれに苦悩し進化しているような…、そして実在していそうな審査員たちなどの…)描写ができるなぁと感心した。

…と思いながらネットの情報を見ていたら、恩田陸さんご自身「高校生までピアノを続け、大学時代はビッグバンドでアルトサックスを担当」とあり、かつモデルとなった浜松国際ピアノコンクールに「第4回から4回、12年通いつめた」そうだ。すごい…(^^)!♪

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私自身、2015年の「国際ピアノ・コンクールの当たり年」以来、ピアノコンクールのファン(ネット経由ですが…)みたいになっていて、いくつかの国際コンクールに関する本(ノンフィクション)も読んだ(↓)が、もちろんそういう本とは違って、小説らしい「人間の描き方」は面白かった。

《中村紘子さんの「チャイコフスキー・コンクール」面白い!♪》
《本「ショパン・コンクール」知っているピアニスト沢山 ♪》
《ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールについて(読書メモ)》

この小説の特長の一つとして、音楽(演奏)の描き方の素晴らしさがあると思う。ときには実際に会場で聴いているような、時間経過さえ感じさせるような引き込まれるような描写である。

ただ、ときどきちょっとやりすぎのようなところもあり、いつの間にか「ファンタジー」みたいな気分になって、私としてはちょっと…(^^;)。この辺りの「さじ加減」は個人の好みにもよるのだろうが…。

なんとなく、このコンクールが終わったあとに登場人物の一人くらいは、風の又三郎のようにどこかに消えてしまっても不思議じゃないような…?

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で、ここからはちょっと「風変わりな(音楽的な?)感想文」みたいになるのだが、一人のピアノ音楽ファンとして参考になったことをいくつか…。

ある登場人物は「なぜピアノをやるか」「なぜコンクールに参加しているのか」といった自問を繰り返す…。そんな中に出てきた次の表現は、ちょっといい感じ ♪ がした。

…外側にある音楽を味わい、それを追体験するためにピアノを弾き、世界に溢れる音楽の再現を楽しむ…

私の下手な趣味のピアノも、好きなピアニストによる好きなピアノ曲の「追体験」をするため?…追体験できるほどうまく弾ければいいのだが…(^^;)。でも、方向性としてはこういう考え方もアリかと…。

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それから、相変わらず折にふれて考えている「いい音楽とは?」「いい演奏とは?」に対するヒントが散りばめられていると思った。例えば…。

その音を境として劇的に覚醒したのだ。違う。音が。全く違う。

音楽というのは人間性なのだ

彼の演奏を聴くと、良かれ悪しかれ、感情的にならずにはいられない。彼の音は、聴く者の意識下にある、普段は押し殺している感情の、どこか生々しい部分に触れてくるのだ。…それは、誰もが持っている、胸の奥の小部屋(心の奥の柔らかい部分)だ。

凄い情報量だ。プロとアマの違いは、そこに含まれる情報量の差だ。一音一音にぎっしりと哲学や世界観のようなものが詰めこまれ、なおかつみずみずしい。…常に音の水面下ではマグマのように熱く流動的な想念が鼓動している。



逆につまらない演奏の一つの典型を表現するいい言葉を覚えた。「アトラクション」!

…最近のハリウッド映画はエンターテインメントではなく、アトラクションである

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そして、登場するあるコンテスタントの思い(↓)に強く共感した。

「新たな」クラシックを作ること…「新たな」コンポーザー・ピアニストになること…

…新曲を、最新の曲に生で接する喜びを、もう味わうことはできないのだろうか?…初演を聴く喜び…

もっと当たり前に、コンサートピアニストが新曲の発表ができるようになればいい…



以前から、現代の、同時代を生きる作曲家やピアニストの創る「新しいピアノ音楽」を聴きたいという思いがある。それも生で「初演」に立ち会うことができれば、それは素晴らしい体験になるのでは、と思っている。

それはいわゆる「現代音楽」ではなく、人間が自然に「いいなぁ ♪」と思える作品で、ピアノの新しい可能性を感じさせてくれるようなものであってほしい。

そういう作品を生み出すのは、専業「作曲家」よりも、ピアノ演奏を極めた「コンポーザー・ピアニスト」の方が期待ができるのではないだろうか? 「コンサートピアニストによる新曲発表リサイタル」!ん〜いい響きだ…(^^)♪

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この小説にはいくつかのテーマが、よくできた音楽作品のように織り込まれていると思う。そのテーマの一つが「閉じ込められてしまった音楽をそれが元あった自然の中に解き放つ」(とはどういうことなのか?)だと思った。いくつかの関連部分を抜き書きしてみると…。

耳を澄ませば、こんなにも世界は音楽に満ちている。

この暗い温室、厚い壁に守られた監獄で、ぬくぬくと庇護されている音楽を解放してやりたいような心地になってきたのだ。この音符の群れを、広いところに連れ出してやりたい。

本来、人間は自然の中に音楽を聴いていた。その聞き取ったものが譜面となり、曲となる。だが、彼の場合、曲を自然の方に「還元」しているのだ。かつて我々が世界の中に聞き取っていた音楽を、再び世界に返している。

「音楽をね、世界に連れ出すって約束」



この辺りの話はいろんな解釈があるような気もするが、私自身は、ドビュッシーが『音楽のために』という本で書いている、次のような言葉と重なって、とても興味深かった。

身のまわりにある無数の自然のざわめきを聞こう。

野外音楽こそ、音楽の所有しているあらゆる力を結集するまたとない好機を音楽家に提供するもののように、私には思えるのだ。…コンサートホールのような密室の中では異様に聞こえるような和音の連続も、野外ではその真価をおそらく取り戻すだろう。


参考:《ドビュッシーの追求した音楽:「音楽のために」から》

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おまけ。音楽系の小説ではよくあるのだが、こんなCD(↓)も出ている。個人的には、曲ごとに好きなピアニストの演奏で聴きたいと思うが…。

『蜜蜂と遠雷』ピアノ全集[完全盤](8CD)

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本『クラシックの新常識』?

若い頃は自分自身で「クラシック音楽ファン」だと思っていたのだが、最近は「(クラシック)ピアノ音楽ファン」だと思うようになってきた。

オーケストラの曲で知っている、あるいは聴いたことのある曲はかなり限られているし、室内楽などほとんど知らないに等しい。それに世の「クラシック・ファン」が大好きらしいオペラやバレエ音楽にも興味がない。

でも、少し(一通り?)は知っておきたいとも思う。…ので、たまに思い出したように『痛快! クラシックの新常識』などという本を、図書館で見つけては読んでみたりする。



まぁ「入門書」の類なので、それほど面白い話はなかったのだが、次の3章構成にそってメモ的感想文を書いてみる。

第1章:クラシックの常識・非常識
第2章:大作曲家の素顔
第3章:クラシック名盤ベスト25

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第1章に「クラシックは当時のポップスだった?」という、よく聞く話が書いてある。「クラシックが静かに鑑賞すべき尊い芸術だと見なされるようになったのは、実は遠い昔ではない」と始まって、そのあとの話を期待したのだが、残念ながら何も書いてない。

いつ頃からどういう経緯で「尊く」なったのかが分かると、今後のクラシック音楽を考えるヒントになったかも知れないのだが…。

「クラシック作曲家」の定義?(↓)は、ちょっと皮肉交じりで面白いのだが、「質を求める芸術音楽主義」というのがよく分からない。音楽における「質」って何なのだ?「芸術音楽」とは?

現代においては、作品だけではなかなか食えない作曲家をクラシック作曲家と考えることができよう。要するに、ヒット至上主義ではなく、質を求める芸術音楽主義ということ

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第2章は、大作曲家の素顔?を2ページちょっとにまとめて、やや誇張して面白く紹介している。面白い話を読んで、興味を持って、1曲でも聴いてもらえたらラッキーくらいの軽い紹介記事だ。

で、パラパラ読み進むと「まだいるのか…」というほど大勢の「大作曲家」が登場する。数えると36人で、全部知っている作曲家だ。(私も)意外にたくさん知っているんだなぁ、と妙に感心。

この中で、ちょっと「あれっ?」と思ったのはアルカンくらい。シャルル=ヴァランタン・アルカンってそんなに有名だっけ?

…と思ってよく見ると、逆にプロコフィエフが見当たらない。ジョン・ケージはいるがシェーンベルクがいない。グリーグはいるが、シベリウスがいない…とか少し気になることがないでもない。面白いエピソードとかがなかったのか…な?

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ちょっと面白かったのは、ロマン主義の時代には2種類の音楽があるという話。

一つは「自分の心の中をひっそりと表したピアノ音楽」で、もう一つは「大規模なオペラや管弦楽曲で、『どうだ、オレはこう感じているんだぞ、おまえも賛成しろ』と聴き手を征服しようとする音楽」。

前者の例としてシューマン、ショパン、ブラームスなど、後者の例としてワーグナーやマーラーなどが紹介されている。

そうか!そうだったんだ! 私が好きなのは「自分の心の中をひっそりと表したピアノ音楽」で、あまり好きでないのがワーグナーに代表される「聴き手を征服しようとする音楽」だったんだ! なんか「腑に落ちた」感じ…(^^)♪

最初に書いた「私はピアノ音楽ファン」というのが、裏付けられた?…ような気もする。

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「第3章:クラシック名盤ベスト25」はちょっと疑問を感じた。

いや、掲載されているCDはすべて「名盤」なのだとは思う。でも、指揮者でいうと「カラヤン、カール・ベーム、ゲオルク・ショルティ、…」とかなり古色蒼然とした名前が並んでいる。たしかに記念碑的な名演奏なのだろうが「新」常識と謳うなら、これはちょっと古すぎませんか?という感じ…(^^;)。

ピアノ曲でいうと、マリア・ジョアン・ピリスの『ショパン:夜想曲全集』と、マルタ・アルゲリッチの『チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番』がとり上げられているのだが…。

『ショパン:夜想曲全集』


『ピアノ協奏曲:ラフマニノフ第3番 / チャイコフスキー第1番』


ピリスさんのは2014年発売(来日記念)だが、説明に「1996年レコード・アカデミー賞器楽曲部門受賞」とあるので録音はかなり前のもの。アルゲリッチのは「1980年と82年にレコーディングされたライヴ盤」のようだ。

もう少し最近の、ピアニストであれば、例えばダニール・トリフォノフとか、それが若すぎるならピエール=ロラン・エマールとかピョートル・アンデルシェフスキあたりの世代の名盤を紹介してほしいものだ…と思った。







ピアノの本棚2017 ♪

PianoHondana.png 2017年に読んだ本(更新中)
 2013 2014 2015 2016

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『バイエルの謎: 日本文化になったピアノ教則本』
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『バイエルの謎』面白い!最高のミステリー ♪
『ピアノ奏法―音楽を表現する喜び』
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井上直幸氏の『ピアノ奏法』いい!座右の書にしよう♪
『スタインウェイとニュースタインウェイ』
:磻田 耕治
スタインウェイを買うなら1900年〜1967年もの?
『レッスンの効果を倍増させる! ピアノ教本 選び方と使い方』
:丸山 京子
『ピアノ教本選び方と使い方』という本…
『ヴァンクライバーン 国際ピアノコンクール 市民が育む芸術イヴェント』
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ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールについて
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『羊と鋼の森』
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「羊と鋼の森」感想文?
『マルタアルゲリッチ 子供と魔法』
オリヴィエ・ベラミー
アルゲリッチの本、一気読み! ♪
『ショパン・コンクール - 最高峰の舞台を読み解く』
:青柳 いづみこ
本「ショパン・コンクール」知っているピアニスト沢山 ♪

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ピアノの本棚2016 ♪

PianoHondana.png 2016年に読んだ本
 2013 2014 2015

2016年:ピアノに関する本ベスト5+アルファ
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『音楽家の家: 名曲が生まれた場所を訪ねて』

「音楽家の家」名曲が生まれた場所の写真集
ラヴェル博物館、突然の閉鎖!?
『シューマン 全ピアノ作品の研究(上)』

シューマンは練習曲オタク!?:目的別練習曲一覧
『シューマン 全ピアノ作品の研究(下)』

シューマンのピアノ作品:二つの時代
シューマン「森の情景」をよりよく理解するために♪
シューマン「色とりどりの小品」の珠玉の作品たち
『これを聴け』

本『これを聴け』を読んではみたが…
『20世紀を語る音楽 (1)』

『20世紀を語る音楽』を読んで:リアルなクラシック界?
『ピアノ図鑑~歴史、構造、世界の銘器~』

めくるだけで楽しい『ピアノ図鑑』♪
『ピアノの巨人 豊増昇』

「ピアノの巨人 豊増 昇」:日本にもすごいピアニストがいた!
『ピアニストという蛮族がいる』

「ピアニストという蛮族がいる」やっと読んだ…
「ピアニストは半分アスリートである」の裏付け?
『コンクールでお会いしましょう―名演に飽きた時代の原点』

ピアノコンクールの意義?「コンクールでお会いしましょう」
『チャイコフスキー・コンクール―ピアニストが聴く現代』

中村紘子さんの「チャイコフスキー・コンクール」面白い!♪
『久石譲 音楽する日乗』

本:久石譲「音楽する日乗」
『ようこそ! すばらしきオーケストラの世界へ』

本「ようこそ! すばらしきオーケストラの世界へ」感想文 ♪
『心で弾くピアノ―音楽による自己発見』

つまらない演奏は…?
ピアノの練習とは…?
練習のキモは無邪気さ…?
『パルランド 私のピアノ人生』

一つのピアノの音にすべてを込める…
ワクワク感のあるピアノ音楽(=同時代の音楽?)を聴きたい
ピアノにしか作れない音楽 ♪という可能性?

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ピアノの本棚2015 ♪

PianoHondana.png 2015年に読んだ本
 2013 2014 2016

2015年:ピアノに関する本、今年のベスト10♪
:お薦め、→:関連記事
『西村朗と吉松隆の クラシック大作曲家診断』

音楽の歴史観・進化論?
✍️読書ノート
『作曲は鳥のごとく』

本「作曲は鳥のごとく」:現代音楽からの決別
『光の雅歌―西村朗の音楽』

✍️読書ノート
『どこまでがドビュッシー?―楽譜の向こう側』

「新即物主義」v.s.「19世紀ロマンティシズム」
「どこまでがドビュッシー?」を読んで
『作曲家から見たピアノ進化論』

ピアノに未来はあるか?
未来へ開かれているバッハの音楽
作曲家がつけた演奏記号いろいろ
現代ピアノ奏法
『ピアニストの系譜: その血脈を追う』

ピアニストの系譜=師弟関係、知ってますか?
✍️読書ノート
『作曲家 人と作品 シューベルト』

シューベルトのピアノの弾き方
『作曲家別演奏法 2 モーツァルト』
『作曲家別演奏法』

「作曲家別演奏法」:シューベルト、シューマン、ショパン等
『シャンドール ピアノ教本―身体・音・表現』

ピアノ練習方法の革新?
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ピアノの基本動作練習:回転
✍️読書ノート
『之を楽しむ者に如かず』

読書始め、懐かしの吉田秀和さん
吉田秀和さんお薦め ♪ ピアノ関係の本
✍️読書ノート
『意味がなければスイングはない』

村上春樹が語るシューベルトのピアノ・ソナタ
『大人だってピアニストに!!』

(大人の)ピアノ学習の目的?
中高年の能力はどのくらい?
中高年のピアノの可能性 ♪
『ピアニストはおもしろい』

「ピアニストはおもしろい」は面白かった ♪
仲道郁代が語るドビュッシー
仲道郁代が語るシューマン
『作曲家がゆく 西村朗対話集』

日本の現代作曲家たち:本『作曲家がゆく』
『ピアニストの時間』
『グレン・グールド 孤高のコンサート・ピアニスト』

グールドの本、よもやま話
『音楽のために』

音楽コンクールほど馬鹿げたものはない
ドビュッシーの追求した音楽

※Amazon「インスタントストア」終了(2017.10.27)に伴い内容をこちらに移動