近況:「クープランの墓」〈メヌエット〉譜読み順調だけど…


ラヴェルの「クープランの墓」〈メヌエット〉の練習を始めて1週間。譜読み中であるが、これまでのところ、まぁ順調と言っていいのだろう。簡単に状況をみてみると…。



様子見?の譜読みはいちおう最後までやってみた。全体がそれなりに難しいのだが、ここが難所というところはまだ見つかってない。強いて言えば、中間部(ミュゼット)の臨時記号(転調)にちょっと手こずった…。

それと装飾音符はかなり練習が必要そうだ。「243」や「454」の指使いの装飾音符(↓)はたぶん初めて。それと、指替えがやや多いので、少し慣れが必要になりそう。

RavelMenuet1.png

指使いは、基本的にはペルルミュテールさんの指示に従っているが、どうしても弾きにくい何カ所かは変えている。



練習の順番としては、最初は、音型のパターンごとにブロックに分けて(順不同で)練習しようと思っていたのだが…。

どうもこの曲は先に暗譜をしないときつそうなので、今のところ、最初から順番に、指使いの確定などの通常の譜読みと同時に「暗譜」の努力をしながら進めている。

ただし、最後のページの左手アルペジオが慣れていないパターン・指使い(↓)なので、ここだけは取り出して、先行して練習している。

RavelMenuet2.png

進み具合としては、5ページある分の3ページ目(ミュゼットの後半)に入ったところである。ここが終われば次は、3部形式 ABA' の A' に入る。



ラヴェルの曲は初めてなので、少しだけ曲のお勉強をした。…といっても、ネット上の解説などを読んだり、管弦楽版を聴いてみたり…した程度。いちおう簡単な記事(↓)にまとめた。

《ラヴェル「クープランの墓」〈メヌエット〉について》

調べている中で、以前『ラヴェル ― 回想のピアノ』(マルグリット・ロン著)という本を読んだことを思い出した(↓)。

《読書メモ:ラヴェル ―回想のピアノ》

この本の最後の章に、よく引用される「自伝的素描」というのが収録されているようなので、気が向いたらもう一度読んでみるかもしれない…。



なお、少し前に始めた「サラッと弾き」はお休みしている。〈メヌエット〉の譜読みがけっこう大変なので…(^^;)。



【関連記事】
《ラヴェル「クープランの墓」〈メヌエット〉について》
《次の曲はラヴェル!♪「クープランの墓」〈メヌエット〉に挑戦!》
《ラヴェルを弾くとしたら…》
《ラヴェル「クープランの墓」の楽譜を買った ♪》


『ラヴェル・ピアノ曲集 VII: クープランの墓』








ラヴェル「クープランの墓」〈メヌエット〉について


ラヴェル作曲「クープランの墓」の〈メヌエット〉を練習している。曲についてもっと知ろうと思って、少し調べてみた。


「クープランの墓」作品概要


まず、この曲は「クープランその人というよりむしろ 18 世紀のフランスの音楽全体に捧げるオマージュ」(「自伝的素描」より)として構想されたが、第一次世界大戦により一旦中断される。

そして戦後、1914年から1917年の間に、戦死した友人たちへの追悼曲として作曲される。

「トンボー(Tombeau)」というのは「追悼曲」「故人を偲んで」といった意味合いなので、"Le Tombeau de Couperin" というタイトルは「クープラン時代の様式による追悼組曲」というのが正確なようだ。

「プレリュード」、「フーガ」、「フォルラーヌ」、「リゴドン」、「メヌエット」、「トッカータ」の6曲それぞれが、第一次世界大戦で戦死した友人たちへの思い出に捧げられている。ピアノ独奏曲としては、ラヴェル最後の作品である。


初版楽譜は1918年にデュラン社から出版されたが、その表紙はラヴェル自身によるものである。

初演はマルグリット・ロンによって1919年に行われた。彼女は、「トッカータ」を捧げられた音楽学者ジョゼフ・ドゥ・マルリアーヴの妻であった。

1919年に4曲を抜粋した管弦楽版が作曲者自身により作られた。


Rav_TdeC.jpg



「メヌエット」について


いくつかの曲目解説を見ると、この「メヌエット」はラヴェルの中でも名曲の一つである、と書いてある。「優雅で気品溢れる優しい曲」「大変美しいラヴェルのメヌエットの傑作」などという表現がみられる。

3部形式の中間部、トリオにミュゼット(Musette)が挿入されているのが一つの特徴になっている。クープランはクラブサンのためのミュゼットを数多く作っており、通常のトリオの代わりにこれを挿入することで、バロック時代への憧憬を表したと考えられる。

ちなみに「ミュゼット」とは、フランスの地方の民族楽器で、ふいご式の風袋のついた一種のバグパイプである。18世紀フランスで「農民」の楽器として親しまれた。

また、ミュゼット(楽器)の響きを模した牧歌的な楽曲も「ミュゼット」と呼ばれ、クープランはクラヴサンのための「ミュゼット」を数多く残している。

弾いてみて感じるのは、伴奏部分などに現れる3拍子の2拍目の強調である。それと、旋律部分の動き(調性など)とは無関係に同じ音が繰り返される低音部も面白いと思う。


弾き方の参考


一番参考になるのは、なんといってもペルルミュテールの書き込みが入っている楽譜『ラヴェル・ピアノ曲集 VII: クープランの墓』である。

ペルルミュテールは、ラヴェル本人から様々な作曲者の意図や曲についての解釈に関する教えを受けたピアニストである。

その書き込みの最初(↓)には「右手:鍵盤の中でよく押さえて」「左手:しなやかに」「多彩な響きで」「引きずったように弾かない」などと書かれている。

また、いくつかの箇所で「オーボエ」とか「フルート」とか楽器の名前が、たぶん音のイメージとして書かれている。1/2ペダルとか弱音ペダルとか、ペダルも細かく指定してある。


Ravel Menuet top.png


そして、ペルルミュテールが弾いた音源(↓)が残されているのも嬉しい。上の楽譜を見ながら聴くととても参考になる。

Le Tombeau de Couperin - Menuet - Vlado Perlemuter

また、管弦楽版の演奏(↓)も参考になる。弦とか管楽器なので、ピアノに比べて音がなだらかになるが、楽譜に書いてある「オーボエ」などの響き(イメージ)が分かって面白い。

Maurice Ravel - Le tombeau de Couperin, for orchestra


おまけ:個人的感想


まだ練習を始めたばかりなので、とりあえず感じたことを少しだけ書いてみる。

「優雅で気品溢れる」曲にするためには、装飾音符をきれいに弾く必要があり、これが苦手な私としては練習のポイントの一つになる。

それと、ペルルミュテールの書き込みにある「多彩な響きで」「引きずったように弾かない」もなかなか難易度が高い。「追悼曲」なので、あまり軽やかになりすぎてもいけないのだろうし…。


Musette(ミュゼット)の部分は、分厚い和音になっているので、譜読み段階ではどうしても大きめのややアタックのきいた音になりがちである。

…が、演奏を聴くととても穏やかな音になっている。とくに、管弦楽版では木管が中心(金管や弦も加わるが)なので、じつに静かで雰囲気のある箇所なのだ。そのあとの ff まで盛り上がるところも難しそうだ。

この前半はさすがに弱音ペダルを使うしかないだろう、という気になりつつある。(実はこれまで、一度も使ったことがない…)

まぁ、その前に音符(楽譜)通りに弾けるようになることが先決なのだが…(^^;)♪


【関連記事】
《次の曲はラヴェル!♪「クープランの墓」〈メヌエット〉に挑戦!》
《ラヴェルを弾くとしたら…》
《読書メモ:ラヴェル ―回想のピアノ》

【情報源】
Wikipedia:クープランの墓
Wikipedia:ミュゼット
PTNA:クープランの墓
クープラン時代の様式による追悼組曲
ラヴェル「クープランの墓」







プレミアム・グランドピアノ試弾会!♪@2016楽器フェア


来週、11月4〜6日に東京ビッグサイトで「2016楽器フェア」というのが開催される。そのサイトを見ていたら、「プレミアム・グランドピアノ試弾会」というのを発見した。


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これはぜひ行かなくては!と思って内容を見てみた。


まず、用意されるピアノは5台。これを1組30分で試弾することができる。

●STEINWAY&SONS(スタインウエイ&サンズ)
 システムピアノ D-274 非売品

●Bösendorfer(ベーゼンドルファー)
 Model280VC 21,000,000円(税別)

●KAWAI(カワイ)
 SK-EX 非売品

●YAMAHA(ヤマハ)
 CFX 19,000,000円(税別)

●C.BECHSTEIN(C.ベヒシュタイン)
 B-212 13,000,000円(税込)


これはなかなか魅力的だ ♪ と思ってよく見ると、いろんな疑問が出て来た。

もともと30分は短い。5台とも弾くと1台あたり6分。しかもお値段が5,000円! 通常の料金より高い。そして、小さい文字の注意書きの内容(↓)もちょっと気になる。


・各メーカーのピアノはそれぞれパネルでセパレートされていますが最大3組の同時の試弾の際は音の混合が発生しますが予めご了承ください。
・最大3組の試弾の際、ご希望機種が重なる場合は最大限10分で交代をお願いすることがありますが予めご了承ください。
・試弾会場には2~3名の担当者が同室いたします。ご了承ください。



場所は会議室で、そこに5台がパネルで仕切られている。そこに3組同時に試弾することになる。1組は「5名まで、但し試弾は1名のみ」となっている。

ということは、お客さんが最大15名、担当者が3名、合計18名が同じ部屋にいて、30分内にどの組がどのピアノを弾くかを交通整理しながら、「最大限10分で交代」をさせられながら、音が混じる中で落ち着かない環境で…。

この条件はとても「ご了承」できない…かな〜。


まぁ、もともとこの絵(↓)を見ても、フロアガイドの中に占める「鍵盤楽器」の割合を見ても、クラシック音楽やアコースティック・ピアノはメインじゃなさそうだ。


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今回はパスかな…(^^;)?







つまらない演奏は…?:「心で弾くピアノ」読書感想文その1


「シーモアさんと、大人のための人生入門」という映画を観に行こうかと思っている。

で、この映画の主役のピアノの先生(元ピアニスト)シーモアさん(セイモア・バーンスタイン)が書いたピアノの本が図書館にあったので借りてみた。『心で弾くピアノ―音楽による自己発見』という本である。




まだ読み始めたばかりなのだが、内容が盛りだくさんなので、少しずつ感想文や読書メモを書こうかと思っている。

今日はその第1弾で、タイトルをつけるとすれば
つまらない演奏はどうやって出来るのか?」。

これまでに「なぜこんなつまらない演奏をするのだろう?」と思わざるを得ない演奏(もちろんプロの)に何度か(何度も?)遭遇してきて、その「なぜ?」が少しでも分かれば…と思いながら書いている。

参考:《「いい音楽・演奏とは?」を考えてみる…》



この本を読みながら、「つまらない演奏」の中身は、どうやら「音楽的感情表現が乏しい演奏」ということになるのかな?と思った。そうなる理由がいくつか書いてあるようだ。



まず一番の原因は「機械的練習」。メカニカルな正確さは必要だろうが、そればかりやっていると、結果としての演奏は音楽性に乏しいものになる。

「…細部にこだわりすぎると、本来の意図 ー 作品の情緒的内容に没頭すること ー からそれてしまいやすい…。…感情のない機械的練習からは正確さは生まれても音楽性が生まれることはない…。」

「練習の時から…ひとつひとつの動作に音楽的感情をこめていれば…」


…指が覚えたことを自動的に弾いているようなとき(この本では「自動パイロット」と呼んでいる)でも、自然と感情のこもった演奏になるはずだ。

リストも弟子のヴァレリー・ボワシエに、「練習曲を機械的にさわらないこと」「いつも心が表現されていなければならない」と注意していたそうだ。



そして、そうならないためには作品全体の音楽的な理解が必要となる。

「…ときに細かい練習をすべて止め、作品全体を弾き通すことが必要になって来る。…個々のパッセージの音楽的意味は、そのパッセージを含むより大きな構造と関連づけて初めて理解できるからである。それゆえ全曲を弾き通すことは、作品に対する愛情を深めるばかりでなく、作品を統一された全体像として捉えることに役立つ。」

通し弾きするときは、途中で止まらずにいかに少ないミスで弾きとおすことができるか、ということばかり気にしていた私としては、大いに反省が必要である…(^^;)。



そしてもう一つ、練習が機械的になる理由の一つに、練習や表現に対する勘違い?があるのではないか?

「しっかりした技術を身につけるには無味乾燥な機械的練習をしなければならず、感情はケーキの砂糖飾りのように最後に付け加えられるもの、と多くの器楽奏者は考えている。」

「一音符ごとに音楽の型を築きあげ、その積み重ねによって作品全体に対する自分の考えが表現される。」


つまり、音と表現は一つのものであって、無味乾燥な音を作り上げた上に「ケーキの砂糖飾り」のように付け足すのが「表現」ではないということだ。



やや横道にそれるが、ここで思い出したのが高橋アキさんの本に書いてあったことだ。(→《一つのピアノの音にすべてを込める…》

そこに出てきた印象的な対話。

ある識者:「まずは音符を正確に弾くことが基本、きちんと強弱もテンポも何もかもが仕上がったらその先にどう表現するか考える…と。」

高橋さん:「ええ、そんな!…そうやって分けては考えられない。一つの音に全部の要素が込められているはずだから、多少時間が余計にかかっても最初から全体を理解するように努めるべきじゃないか、と。」



ついでにちょっと自慢。このときの私のコメントもケーキにたとえている…(^^)♪

「あらためて考えてみると、音符どおりに機械的に弾くことと、表情をつける、表現するということは、別々のことではない。ピアノを弾く動作は一つだし、結果として響く音も一つなのだから…。
ケーキのように、スポンジの土台が出来たからその上に好きなデコレーションを載せましょう、というのとは違う。」




そして最後に、ミスタッチに関する箇所に書いてあること。

「音楽を伝える上で間違った音符は邪魔になるが、すべての音を正しく弾くために音楽的感情を犠牲にするのも困りものである。」

これは、ピアノコンクールに対する論評などにもよく出る話だが、録音・録画が普及したせいでノーミスが当然のようになってきて、ちょっとでもミスをすると、コンクールでは落とされて、CDレビューでは酷評されたりする…。

これは聴く側の責任でもあるのかもしれない。演奏を聴くときには、粗探しをする評論家ではなく、音楽そのものを楽しむおおらかな気持ちで聴きたいものだ。まぁ、ミスだらけの演奏は困るが、要はバランスだろう…。


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…という感じで、とりあえずの感想文その1は終わり。著者も「この本はアイデア集」と書いているので、今回は、読みながら自分なりの感想を書いていきたいと思っている、ぼちぼちと…。

「この本はアイデア集である。読者の教師の代わりを務めようというのではなく、むしろこの本によって、新しい考え方に目を向けてもらい、自分の芸術に内在する無限の可能性に気づいてもらいたいのである。また音楽ばかりでなく個人的生活においても、常に周りのものに敏感に反応する状態でいるよう、読者にお勧めしたい。」


【関連記事】
《今年もあと2カ月半!…ちょっと早すぎるかな?》







ピアノ奏法:「ペダルの現代技法」は体系的で分かりやすい ♪


ベートーヴェンのソナタ第25番の練習中、ペダルで悩んでいるときに、我が家の本棚で「ペダルの現代技法―ピアノ・ペダルの研究」という薄い本(というより冊子)を見つけた。

これが、なかなかいい内容だったので、要点だけメモっておく。ただし、基本的には右ペダル(ダンパー・ペダル)の話。左ペダル(ソフト・ペダル)については短い「所感」だけ載っている。



古い本で、音楽之友社から「昭和39年初版、昭和51年第6刷」で出たものだ。著者はK.U.シュナーベル(有名なアルトゥール・シュナーベルの息子)、訳者は青木和子という人。こんな表紙(↓)。

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ちなみに、Amazon には1964年版1988年版というのが中古品(古本)で出ているが、最高金額はなんと 29,900円! 私の手元にある本には800円と書いてある…(^^;)。



基本的な技法をまとめたものが次の図。

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「P.」「F.P.」「V.P.」「P.C.」はそれぞれ「ペダル」「フル・ペダル」「ヴァイブレーティング・ペダル」「ペダル・チェンジ」の略。ペダル・チェンジは「ペダル取り替え」と訳してあるが、分かりにくいのでここでは「ペダル踏み替え」と表記する。


フル・ペダル


普通に(一番下まで)踏むのが F.P.(フル・ペダル)。その踏む・離すタイミングについては次のように書いてある。

例として、和声の異なるいくつかの和音を連続で弾く場合を考える。

まず踏むタイミングは常に和音の打鍵直後である。打鍵前または同時に踏むのは、曲の冒頭や休止符のあと、スタッカートの場合のみ。

ペダルを離すタイミングは、得たい効果により基本的には3種類ある。

①和音を「分離」したいときは和音の最後(次の打鍵前)
②和音を休止なくつなぎたいときは次の打鍵と同時
③極端なレガートにしたいときは次の打鍵直後

①は一瞬ノン・ペダルの状態になる。②と③は、和音の変わり目でペダルを踏み替えるペダル・チェンジ(P.C.)の動作になる。


ヴァイブレーティング・ペダル


基本は、和音や旋律に応じて、フル・ペダル(F.P.)の踏み替え(P.C.)を行うわけだが、速いパッセージになるととても手の動きに足(ペダル)がついていかない。

そのような、一音ごとの踏み替えが不可能な場合に使うのが V.P.(ヴァイブレーティング・ペダル)である。「バイブレーション・ペダル」とも言うようだ。

F.P.とペダルなしの間で細かく振動させるわけだが、足を上下させる幅は必要最小限にすること。また、手(音符の動き)と一致(シンクロ)させる必要はない。


中間ペダル(1/4・1/2・3/4ペダル)


中間ペダルは、なんとなく「ハーフ・ペダル」と呼んでいるような気もするが、この本では「1/4・1/2・3/4ペダル」の3種類に分けてある。

ただし、その踏み加減は「余韻」(独:Nachklang:ナーハクラング)の量によって調整されるべきもので、ペダルを踏む深さ(距離)で「1/4・1/2・3/4」と言っている訳ではない。

楽器や場所によっても余韻が変わるので、耳で聴いて判断するしかない。(下記説明の※印が判断基準)


・1/4ペダル

濁らない範囲で最小限の余韻を得る。音響を明るくするだけ。原則として P.C.を必要としない。ppmf の中速〜高速の音階と非和声的パッセージに使用できる。

※音階や異なる和声の連続を弾いても濁らないこと。(ペダルなしと音響の差はある)

・1/2ペダル

やや濁りは生じるが音が残る印象はない。和声の変わり目で P.C.するのが基本であるが、スタッカートのときは P.C.不要。
(文末にモーツァルト K.545 の例)

※単一のスタッカート(単音または和音)を弾いてもスタッカートに聴こえるが、音階や異なる和声の連続を弾くといくぶんの濁りを感じる。

・3/4ペダル

さらに余韻がほしいとき使用。音響は透明でよく反響するので輝きのある音になる。とくに有効なのは、いくつかの音の持続が指示されているのに、それと同時に音階的・非和声的パッセージを弾かなければならないとき。

※和音を弾いてすぐに手を離しても和音が保たれる、が F.P.とは明らかに違う音響になる。


ペダル・チェンジと様々な組合せ


ペダル・チェンジ(P.C.)はペダルを離したあとすぐに踏む「ペダル踏み替え」であるが、踏み替える速さをコントロールする必要がある。

柔らかく弾くときや中〜高音部では「速い P.C.」を、低音部や fff の場合は「遅めの P.C.」を使うのが原則。

そのほか、例えばレガートな旋律に対して、ときおりスタッカートの伴奏が入るような場合、スタッカートの音符の直後で P.C.する。


また、通常は F.P.から F.P.へ踏み替えるとき、ペダルなしの状態を経る(完全踏み替え)が、ペダルなしの代わりに中間ペダル(1/2ペダルなど)を使って前の響きを一部残すことができる(部分踏み替え)。



以上、ポイントだけをまとめてみた。

この本には実際の曲(難しい曲が多くて私にはあまり参考にならない…)への適用例がたくさん載っている。上級者の人にはこの具体例の方が参考になるのかもしれない。

なお、下記のPTNAの記事(↓)の「第三章 ペダルの技法」には、シュナーベルを引用した解説が載っている。

ピアノの基本的演奏技能に関する教授法の比較


関連記事:《ペダルの踏み方をきちんと練習する》



おまけ。1/2ペダルの楽譜例が昔練習したモーツァルトの K.545(↓)だったので嬉しくなった。ベートーヴェンのソナタ第25番も、基本的には同じようなハーフ・ペダルを使って、なんとか自己満足できる音にはなったと思っている。

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