新年度:4月のカリキュラム?(ピアノ練習メニュー)


なんだか3月はあっという間に過ぎ、明日から4月。学校であれば新学期、会社であれば新年度。定年生活には新**というものはないが、それでも、心新たに4月を迎えたいと思う。

ということで、フーガも無事に終わりそうなので、明日からの新カリキュラム?(練習メニュー)を考えた。


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ちょっと前から、ピアノを弾いているときに「自分が音楽を奏でている」という感覚が希薄なことを嘆き?、やっぱり「ソルフェージュ」能力が必要だと改めて感じ、とはいえ今さらソルフェージュ訓練はしんどいので、じゃあ「作曲」(のマネごと?)をやってみようか、などと思ったのだが…。

《記事No.777:ピアノ演奏の悩み~音楽を奏でる指?》
《ソルフェージュがだめなら作曲があるじゃないか!?》



それで、4月は、ソルフェージュ能力を少しでも高めるための「作曲遊び」を中心にやってみようかと思っている。こんな(↓)感じ…。

① 作曲のための勉強・ネタ帳作り
② 何はともあれ1曲作る
③ 次の選曲を兼ねた遊び弾き


①は、参考になりそうな曲を探す、曲を作るときのパターンなどネタを思いつく限りメモする。いろんな曲を初見で弾いて、どういう構造で作られているか勉強する。そのときに、いきなり弾くのではなく、音をイメージしたり声に出して歌ったりする。等々…。

まぁ、まずはフレーズとかメロディーの切れ端でいいから、自分の気にいった音のイメージをあれこれ探してみたい、と思う。

とはいえ、まずは1曲、カタチにしてみないと始まらないような気がしている。なので、②の「何はともあれ1曲」作ることを宣言しておく(大丈夫か…?)。

③は、作曲のためのネタ(マネする元…)を探しながら、次に弾きたい曲を、これまでよりは少し幅広く探してみたいと思っている。現代(同時代)ピアノ曲や少しポピュラーに近い曲も含めて…。



全体としては、ソルフェージュ能力の強化(少しでも…)を目指しているわけなので、音をイメージしてそれを音符にすること、音のイメージとピアノを弾いた時の実際の音を近づけることを心がけたいと思う。



①のヒントとしていくつか思いつくままに書いておく。

・これはいいと思った曲のパターンをマネする
 (アルヴォ・ペルトのコレなんかいいんじゃないか?)
・和声などの勉強をする中で気にいった進行を使う
・いろんな曲から好きなフレーズをパクる?
 (和声進行、メロディーの一部、パターン…)
・とりあえずメロディーメイクしてみる
・自分用の指の練習なんかも使えるかも?
・変奏曲の作り方を勉強してみる
 (1つメロディーを作ればそれを増やせる?)


まぁ、あまり肩肘張らずに、気楽にやってみようかと…。








最もポピュラーなクラシック音楽は「ひばり」?


クラシック音楽で、もっともポピュラーな曲は?ベートーヴェン?、モーツァルト?、…。

Classic FM のサイトで、2015年のクラシック音楽の人気投票ランキングが発表された(3月28日)が、意外な曲が1位になっている。ニュース記事のタイトルは下記。

"The Lark Ascending reaches the top of the Classic FM Hall of Fame for the third year in a row"


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"The Lark Ascending"(揚げひばり)というのが曲名で、ヴォーン・ウィリアムズ(Vaughan Williams、英国)作曲のヴァイオリン独奏とオーケストラによる楽曲である。YouTube で聴いてみた(↓)が、残念ながらまったく知らない曲だ。

Vaughan Williams ~ The Lark Ascending

ヴォーン・ウィリアムズという名前は聞いたことがあるが、どんな作曲家かほとんど認識していない。Wikipedia によると、

「ロンドンの王立音楽大学で作曲を学び、在学中にホルストと知り合い親交を深める。民謡の採集や教会音楽の研究を通して独特の作風を確立し、イギリス人による音楽の復興の礎を築いた。イギリスの田園風景を彷彿とさせる牧歌的な作風は、広くイギリス国民に愛されている。日本では『惑星』で知られるホルストに比べて知名度が低いが、欧米ではホルストより高く評価されている」

…とのこと。このランキングの上位20曲(↓)をみると、3位にも「トマス・タリスの主題による幻想曲」という曲が入っている。「揚げひばり」は、2位のラフマニノフのピアノ協奏曲とは、この7〜8年間、ずっと1位2位争いをしているようだ。


1. Vaughan Williams: The Lark Ascending
2. Rachmaninov: Piano Concerto No. 2
3. Vaughan Williams: Fantasia on a Theme by Thomas Tallis
4. Elgar: Enigma Variations
5. Beethoven: Piano Concerto No. 5 (‘Emperor’)
6. Allegri: Miserere
7. Mozart: Clarinet Concerto
8. Beethoven: Symphony No.6 ('Pastoral')
9. Beethoven: Symphony No. 9 (‘Choral’)
10. Elgar: Cello Concerto
11. Bruch: Violin Concerto No. 1
12. Barber: Adagio for Strings
13. Tchaikovsky: 1812 Overture
14. Holst: The Planets
15. Jenkins: The Armed Man: A Mass for Peace
16. Pachelbel: Canon in D major
17. Uematsu: Final Fantasy
18. Dvořák: Symphony No. 9 (‘From the New World’)
19. Beethoven: Symphony No. 7
20. Bach: Brandenburg Concertos


それにしても、クラシック音楽作品のランキングと聞いて想像するものとはかなり趣が異なっている(ように私には見える)。

4位のElgar(エドワード・エルガー、英国)は、行進曲の「威風堂々」と言われれば分かるが、「エニグマ変奏曲」も10位の「チェロ協奏曲」もまったくピンとこない。

6位の ♪ Gregorio Allegri: Miserere は、聴いたことがあるかも知れない。

11位、12位の Bruch(マックス・ブルッフ、ドイツ)、Barber(サミュエル・バーバー、米国)は一応、名前は知っている。

15位の Jenkins(カール・ジェンキンス、英国)の名前も聞いたことがない。ジャズ系ミュージシャンらしい。



…とここまでチェックして、ちょっと待てよ、"Classic FM" とはそもそも何?と思った。で、遅まきながら調べてみると、

「イギリスで1992年に誕生し、たちまち大ブレイクして欧州クラシック・メディアの最大勢力の一つにまで急成長した民間放送局」だそうだ。(2007年の日経ビジネス記事

どうりで、英国の作曲家が多いわけだ。たしかに、サイトの "Listen" をクリックしても、「UK(英国)でしかダメ」と出てくる。



でも、17位に "Uematsu: Final Fantasy"(植松 伸夫: ファイナルファンタジー)がランクインしている。ゲーム音楽も、映画音楽と同じように「クラシック音楽」として扱われているわけだ。

ちなみに、このランキングを35歳以下に限った人気投票で集計した結果が次の図である。ファイナルファンタジーはトップになっている。私自身はゲームには疎いのだが、2位なんかもゲーム音楽のようだ。

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その他の情報をパラパラ見ていると、存命中の作曲家の曲で、一番上位に来ているのが、

75位 Jay Ungar(米国):♪ The Ashokan Farewell

一番若い作曲家が、

270位 Jeremy Soule(米国、39歳):The Elder Scrolls

となっている。



カール・ジェンキンス(Karl Jenkins)とジェイ・アンガー(Jay Ungar)あたりは、作曲家探索に入れようかと考えているところ。ただし、ピアノ曲があるかどうかチェックしてみないと…。







近況:バッハのフーガ(平均律 BWV876)を楽しむ ♪


今日を入れてあと4日。2カ月の長きにわたって練習してきたバッハのフーガ(平均律第2巻第7番 BWV876)もいよいよ最後の仕上げ?段階だ。というより、あとはフーガを弾くことを楽しみたいと思っている。

今回は、何度も挫折を繰り返してきたバッハのフーガを、とりあえずは「自己満足」レベルまでもってこられた、ということだけで十分満足している。まぁ、出来てない部分をみるといろいろと出てくると思うが、それはまた次の機会に考えることにしたい。

今日は、前回、もっと「がんばりましょう」の項目にあげた次の3点を振り返ってみる。

①主題が意識できてない(フーガらしくない?)
②「メカニカル」(機械的)な弾き方になっている
③テンポ感がイマイチ


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まずは、簡単な③のテンポ感から。

一言でいうと、それなりに…自分にあったテンポ感を持てるようになった。課題は、曲を通してそのテンポ感を維持することだ。途中、早くなりがちな要注意箇所がいくつかある。

楽譜の最初に書いた "do not count!" に現れているのだが、テンポ感が持てるようになったのは「拍を数えること」をやめたからだと思う。または、メトロノームを使ったり、拍を数えながら弾くことを一通りやった上で、数えるのをやめたことがよかったのかも知れない。

それにしても、今回の楽譜は書き込みがやたらと多い。指使いも書き変えている場所が多いし、テーマを色分けしたりして、やたらとカラフルだ…(^^;)。



①と②は結果的には「セット」になった。つまり、テーマを意識して聴きならが弾くことで、メカニカルな弾き方からも少しは脱却できたような気がしている。

やったことは、まずお手本の演奏(バレンボイム)を聴きながら、何度も楽譜(テーマ)を目で追いかけたこと。そして、その演奏を参考にして、自分なりに演奏のポイント(↓)を決めたこと、である。


(1) 1ページ目の最後の段の初めまで(1小節目〜33小節目)は、基本的に一番上のメロディーライン(テーマ)を意識。バス→アルト→ソプラノ→〜と移っていくところ。

(2) 小休止(33小節目〜36小節目)を経て、2ページ目の4声の部分へ。ここは頑張る(しかない…)。

(3) 43小節目のバスに八分音符の下降音型が出てくるあたりから、やや軽めに、つぎのソプラノとバスが交互に八分音符で動く46小節目〜54小節目へ。走らないように注意。

(4) 54小節目〜58小節目はテノールのテーマを際立たせたい(バレンボイムの演奏は見事に際立っている)。

(5) 59小節目〜の4声部分はオルガンのような分厚い音を意識〜フォルテのフィナーレへ。


本当は、最初の段階、少なくとも譜読みが終わる段階で、こういうことをある程度イメージしておくのだろう。今回は、フーガ攻略を優先したので、仕方ないか…。やっと、こういうことを考えられる段階まで来た、ということなので。

あとは、実際に弾いているときにテーマを聴く努力を続けているが、これがなかなか難しい。それと、上の (4) のテノール(内声)を際立たせるのは、いまの実力レベルではちょっと無理がありそうだ…。



…という感じで、「お稽古事」的な練習はほぼ終わりに近づいてきたので、あとはバッハの音楽を味わいながら弾く、ということを心がけながら「趣味」(楽しみ)としてのピアノをやろうと思っている ♪







ソルフェージュがだめなら作曲があるじゃないか!?


昨日(《記事No.777:ピアノ演奏の悩み~音楽を奏でる指?》)の続きである。

「音を奏でる指」を持ちたい! 少なくとも、音のイメージと鍵盤のイメージとがもう少し近い感覚を、なんとかして持てないものか? でも、ソルフェージュをやるのは面倒くさいし、しんどそうだし…。

という話であった。

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で、突然、最近見た「プロフェッショナル 仕事の流儀」の映像を思い出した。その中で、作曲家の佐藤直紀さんが、ふんふんと鼻歌を歌ったり、口笛でメロディーを確認したりしながら、目の前のキーボードで打ち込みながら(音符を入力しながら)作曲の作業をしていたのだ。

これって、頭に浮かんだメロディーがそのまま鍵盤に移されている、ということではないか…。つまりソルフェージュ。

作曲家にはソルフェージュ能力が必須である。それを逆手に取ると、作曲をすることは、ソルフェージュの訓練に(少しは)なるのではないか? と思ってしまったのだ。



「作曲」というものには、前から憧れのようなものがある。できることなら一度はやってみたいと思っていた。自分ではできないだろうとは思いながらも…。

ピアノを始めてからは、自分の技術レベルで弾けるいいピアノ曲が作れるといいな、とときどき思う。弾きたい曲はほぼ私の能力を超えている。弾ける曲はつまらない…ことが多い。じゃあ、自分の実力で弾けるいい曲を作ればいいじゃないか!?

ピアノの練習という側面からいうと、弾きたい曲を弾けるように練習をする、実力を上げるというのが本筋だろう。でも、この歳になるとそれはそう簡単なことではない。でも、作曲はそれ以上に、簡単なことではない…(^^;)。

まともに考えれば八方塞がり。でも、そこは素人の道楽、難しく考えることはない。やってみてダメならやめればいい、それだけのこと。まずはお気楽に始めてみるとするか…。曲を作るのが目的ではなく、ソルフェージュの代わり?として。



実は、もしかしたら作れるかも…、と心の片隅で思っている。その根拠は「現代音楽」。

ときどき思い出したように現代音楽(同時代音楽)を聴きたい、分かりたいと思う。このところ、久しぶりにそんな気分になっている。

いろいろ聴きかじっていると、実に千差万別、いろんなパターンが出てくる。なんでもあり…、自由なのである。

調性がない、つまり難しい和声学を考えなくてよい(ホントはそんな訳ないのだろうが…)。形式も自由、フーガみたいなルールもない、ということは「間違い」というものが基本的にない(ホントか?)。

そして、割と気に入っている作曲家の一人、アルヴォ・ペルトを聴いていると、とても少ない音で作られたいい曲がある。そういえば、サティなんかもそうだ。

なので、聴きかじった音楽の中で、気に入ったパターンを真似すれば、何かそれらしい音楽ができるかもしれない。(大いなる誤解・思い違いかもしれないが…)

我ながら、あまりにいい加減という気もしないではないが、「見る前に跳べ(Leap Before You Look)」という言葉が正解という場合もあるだろう…。



で、名曲を作ろうとするのではなく、ソルフェージュの勉強代わりに、楽しくピアノで遊べないか…くらいの軽いノリで始めてみようかという訳である。

方向性(曲のコンセプト?)としては、

・自分の実力で弾ける難易度
・大人が弾いて自己満足できる
・気持ちよく弾ける
・ちょっとだけ現代音楽の香り

…といった感じで、どうだろう?(自問)
…いいんじゃない ♪(自答)



当面の目標としては、思いついたメロディーを音符に書き起こせるようになること。頭に浮かんだ音やメロディーと楽譜や鍵盤のイメージが、少しでも近づくこと。

その先に「音を奏でる指」がある。いつの日か、「自分で音楽を奏でている・紡ぎ出している」という感覚を持ちながら、気持ちよくピアノを弾いている自分がいる。

…という「最終ゴール(vision)」を思い描きながら、とりあえずは「ソミミファレレ…」レベルの「そるふぇーじゅ」的アプローチで「作曲遊び」をしてみようかと…。







記事No.777:ピアノ演奏の悩み〜音楽を奏でる指?


ブログ記事の原稿を入力しているとき、ふと見ると記事数が「777」になっていた。で「祝!777番記念♪」というタイトルで何か書こうかとも思ったのだが、内容を思いつかない…。

いろんな作曲家の「op.777」を並べてみるか?なんてことも思ったのだが、探してみると意外と少ない。見つかったのは、カール・ツェルニーの「24の五指の練習曲」(↓)くらい。

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…ということで、もともと書きかけていた記事に戻ることにする。

最近、とくにフーガを練習していて感じたことだが、自分で弾いていても、音符を追いかけているだけで「自分が音楽を奏でている」という感覚がどうも薄いのだ。フーガのテーマが弾けてない、聴けてないということもあるだろうが、それだけではないような気がしている。



なぜか?と考えてふと思ったこと。歌の場合は、音符を追っているという感覚ではなく、自然に「自分が歌っている」という感覚を持てるような気がする。それが、ピアノになるとなぜ同じような感覚を持てないのだろうか?

音楽をイメージしてそれをピアノで奏でているのではないから?

片方に、他人の演奏を聴いて覚えた音楽のイメージがあり、もう一方に、自分が楽譜を追いかけて鍵盤を押して出る(結果としての)音の連続がある。それがある程度似ていると、一応の「自己満足」はできる?



プロのピアニストが「特殊能力」を持っているという話はよく聞く。「音楽を聴いただけで、すぐに弾ける」「楽譜を見ただけで、音楽や運指のイメージが自然に出てくる」「飛行機に乗っているときに初めて見た曲(楽譜)を、到着してすぐに暗譜で弾いた」といった類の話だ。

これらを可能にしているベースには、「音楽(音)」と「楽譜」と「鍵盤+運指」のイメージが一致している、ということがあるのだろうと考えられる。究極のソルフェージュ能力と言えるかもしれない。



これほど高度なことは不可能だとしても、これに似たようなことが出来るようになれば、「自分が音楽を奏でている」感覚を持てるのではないか、とも思う。つまり、「ソルフェージュ」能力の欠如が、そういう感覚を持てない原因ということ?

言い方を変えると、メロディーなどの音楽をイメージする能力と、そのメロディーに対応する鍵盤のイメージを結びつける能力である。メロディーから鍵盤、鍵盤からメロディーの両方向…。



前に読んだ『バレンボイム音楽論』という本で、バレンボイムが新しい曲を練習して自分のものにする過程を語っているくだりがあった。

そこに、

「あたかも曲が私の演奏につれて作曲されていくかのように演奏を進めていく」

という印象的な表現があった。その当時はよく分からなかったのだが、いま考えると「自分が(自分の歌を)歌っている」という感覚に似ているのではないかと思う。
(→《「バレンボイム音楽論」:思考の自由と演奏および解釈》



ピアニストの「特殊能力」やバレンボイムのような巨匠レベルの話はさておき、自分自身のことである。…と話のレベルは急降下する…(^^;)。

実は、「自分が音楽を奏でている」感覚の問題と関係ありそうなもう一つの課題もある。それは、いま取り組んでいる「レパートリー化」のことである。

1月に練習して「暗譜」した曲(バッハの平均律 Book2 第12番ヘ短調のプレリュード)を、レパートリーにする実験をしているのだ。つまり、毎日練習しなくても、弾きたいときにひょいと暗譜で弾けるようにならないか、という試行である。

毎日1〜2回ずつ弾いている間はよかったのだが、このところ1日置きに弾くようにしただけで、暗譜がところどころ抜けてしまうのだ。音楽のイメージはあるので、本当に自分のものになっていれば、数日弾かなくても大丈夫なはず…だったのだが…。

これも、「音楽(音)」と「楽譜」と「鍵盤+運指」のイメージが一致していないことが原因なのでは?と思うのだ。



いずれにしても、当面の課題は「ソルフェージュ」能力の強化…なのだろうと思う。とはいえ、面倒くさいし、しんどそうだし…。さてどうするか…。

「音を奏でる指」を持ちたい! 少なくとも、音のイメージと鍵盤のイメージとがもう少し近い感覚を、なんとかして持てないものか?

…と、頭が疲れてきたので、この続きはまた改めて考えて(妄想して?)みることにしよう。