近況:モーツァルトのソナタ「新規まき直し」!

前回の近況報告《近況:練習、進んでいるのか?いないのか?》で、曲がつかめてないせいか、進捗もあまり芳しくない…ということを書いた。

それから1週間以上が経っているのに、状況はあまり変わっていない…。進んだと言えば、第2楽章の「暗譜」があと少しのところまで来た、というくらいだ。情けない…(^^;)。

ここは心機一転!「新規蒔き直し」と行きたいところである。

ちなみに「新規巻き直し」だとばかり思っていたが、「蒔き直し」つまりタネから蒔き直すというのが正しいらしい。英語だと "Fresh Start" とか "New Start" とかアッサリ?した言葉になるようだ。

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…と書いてはみたものの、実はどうやればいいのかあまりいい知恵はない状態だ。あるとすれば「地道にコツコツ」(懐かしい!→《「地道にコツコツ」と「夢」》)とか「100回の反復練習」しか、今のところ思いつかない。

かのリヒテルでさえ「同じフレーズを休みなく2時間練習した」とか、リストでさえ「特別にむずかしい箇所を100回ずつ練習した」とかいう話を思い出しても、やはり「コツコツ」は避けられないのか…と思ってしまうだけ…(^^;)。

《【ピアノ練習】集中してやる練習、毎日コツコツやる練習》

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…とグチってばかりいてもしょうがないので、「蒔き直す」ためのやり方をいくつか考えてみた。

①まじめに繰り返し練習→「10分間練習法」
②難しい箇所から練習する
③ブロックごとに進捗を確認する
④どう弾くかというイメージを深める
⑤確実性を高める練習法を考える

①〜③は、まぁ覚悟を決めて「コツコツ」やる!ということ。やり方としては、以前考えた「10分間練習法」の復活。

で、②はそれをやるときに「弾けてないところ」を優先的にやるということ。当たり前なのだろうが、そうしようと思っていても、実際の練習を振り返ってみると意外とできてなかったりする…。

プロのピアニストが、「新しい曲を練習するときは一番難しい箇所からとりかかります」というようなことを言っていたことを思い出して、改めてそうしようと思った次第…。

③は《ピアノソナタK.570第1楽章アナリーゼ?》《ピアノソナタK.570第2楽章アナリーゼ?》で分けたブロックごとに、進み具合をきちんと自分自身で把握しようということ。いつも、それに近いことをやっていたのだが、暑さでダレている?せいか、今回はまったくやってなかった…(^^;)。

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④の「どう弾くかというイメージを深める」というのは、やはり今ひとつこの曲をつかめておらず、自分の弾きたいイメージがあまり持てていないので、少し考えてみよう、ということ。

といっても何も「とっかかり」(糸口)がないので、とりあえずいろんなピアニストの演奏を聴いてみることにした。聴き始めたばかりだが、今のところ、バレンボイムの演奏がちょっと面白いかな?などと思っているところだ。

それから前回の近況報告に書いたように、ペダルの使い方を試行錯誤中である。「ペダルを使ってメロディーの良い響きを得る」ことを目的にやっているのだが、これは思ったよりむずかしいことが分かってきた…。

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⑤の「確実性を高める練習法を考える」は、これから考えなくては、と思っているテーマなのだが、現時点では何の手がかりもない。

要は「比較的簡単なフレーズ」について「指使いも確定し」「(一応)弾けるようにもなった」あとに、反復練習や通し練習などをする。そのときに、10回弾けば10回ともちゃんとコントロールできて、ミスなく弾けるような状態にもっていくには、どういう練習の仕方をすればよいのか?という問題である。

これが、私にとってはとても難しいことなのだ。技術的なことなのか、練習量によるものなのか、集中力とかの精神的なことなのか、本当の原因もよく分かっていない。

これは、モーツァルトのソナタを練習する中で、少し試行錯誤もしながら考えてみたいと思っているのだが…。今のところ、見通しは???である。







天津ジュリアード音楽院:文化面でもJapan passing?

ねもねも舎の記事(↓)で、2019年秋に、中国の天津にジュリアード音楽院ができることを知った。ニューヨーク以外に進出するのは初めてとのこと。

✏️2019年秋、天津にジュリアード音楽院が出来る。

今回のニュースは、そのデザインが発表され、工事が始まったことがメインのようだ。

✏️The Tianjin Juilliard School

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初めに、これを読んだときの感想を少し書いてみると…。

まず思い出したのが、2016年にゲルギエフがウラジオストックで始めた「マリインスキー国際極東音楽祭」。そのうたい文句が「アジア太平洋諸国を音楽で一つにする」というものであった。

《ゲルギエフ、16歳のピアニスト George Harliono を抜擢 !?》

そして、中国のジュリアードである。クラシック音楽にも「アジア太平洋諸国」という第3の「センター」が出来つつあるのかな?とふと思ったのだ。

…と同時に思い出したのが "Japan passing" という言葉。もうずいぶん前になると思うが、主にビジネス界で欧米などから言われた「日本無用論」みたいなことを表す言葉である。日本はアジアの中心になるんだ!と意気込んできた日本のビジネスパーソンたちを非常に落胆させた言葉でもある。

そして、文化面でも(今回は主にクラシック音楽だが…)日本は結果的に "passing" されている?と見えなくもない、残念ながら…。

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天津ジュリアード音楽院のことに戻ると、実は5年前には決まっていたようだ。

例えば、2012年8月3日には、吉原真里さん(『ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール』の著者)がこんな(↓)ブログ記事を書いている。

✏️ジュリアード、中国に進出

この中に、「ジュリアードに在籍する音楽専攻の学生647人のうち、留学生は195人。その出身国の内訳は、韓国59人、カナダ39人、中国38人(ちなみに日本は6人)」とある。

日中韓で100人を超えている。アジア進出も当然のようにも見える。


また、2015年の公式発表時には、なんと中国のファーストレディ(習近平の奥さん)Peng Liyuan がニューヨークのジュリアード音楽院を訪れている(↓)。中国の力の入れ方が想像できる。

✏️Juilliard announces plans for The Tianjin Juilliard School in China

どこかの国のファーストレディ(とその夫?)も、怪しげな学園と関わって税金のムダ使いを怪しまれるようなことではなく、もっと国民が誇れるようなことをやってほしいと思うのだが…。

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どんな内容になるかの詳細は発表されていないようだ。日本語でのニュース記事で分かりやすかったのはこれ(↓)。

✏️米・ジュリアード音楽院初の海外分校が天津に 2019年開校予定

これによると、「オーケストラや室内楽の演奏、ピアノ芸術指導修士課程、プレカレッジ課程、楽器訓練課程、成人教育など、さまざまなコース」が予定されており、「5年目をめどに在学の修士課程240人、プレカレッジ生200人」くらいの規模を考えているようだ。

なお、「ピアノ芸術指導修士課程」は英文記事では "collaborative piano" となっている。声楽や器楽の伴奏、室内楽でのピアノ演奏、音楽教育理論などを含む課程と思われる。「ピアノ科」みたいなものは「楽器訓練課程」に含まれるのだろうか?

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まぁ、日本人にとっても、近くに「ジュリアード」が出来るわけなので、ここは「日本ファースト」とかにこだわらず、素直に喜ぶべきなのだろう…とは思う…(^^;)。







C.R=アムランのインタビュー記事:「曲の中でエクササイズ」(^^)♪

シャルル・リシャール=アムランの弾くガーシュウィンの記事を書いたときに、たまたまアムランのインタビュー記事を見つけた。ショパンコンクールのあと(しばらくして?)のヤマハによるインタビューなので少し古いが、なかなか面白かった。

✏️アーティストインタビュー:シャルル・リシャール=アムラン
✏️アムランへ"5"つの質問

 Charles R-H
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thanks for listening! 


中でも一番いいなぁと思ったのは次の箇所。

「スルドゥレスク先生の教え方はユニークで、スケールやアルペジオなどの指の訓練のためのエチュードは使わず、曲の中でエクササイズしたので、音楽とテクニックを分けて考えずに自然に身につけることができました。」

プロのピアニストの中にも、ツェルニーやハノンを使わずに「曲の中でエクササイズ」した人がいて、ここまでの結果(ショパンコンクール2位&活躍する若手ピアニスト)を出した人がいることが、なんだか嬉しいのだ。

レベルはまったく違うし、私の場合、ハノンなどの機械的練習が好きじゃないという理由でしかないのだが、一応の基本方針として「曲の中で基本練習をする」ことにしているので、アムランの話を読んで何となく心強い気がしたのだ…(^^;)♪

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もう一つ面白かったのは、グールドのことを聞かれたときの回答。

「グレン・グールドやマルタ・アルゲリッチは、きわめて特別なピアニストだと思うのです。僕はバッハを聴きたいと思った時、グレン・グールドの録音は聴きません。でも、時々グールドを聴きたいと思って、彼の録音を聴きます。彼の個性は強烈で、様式感や作曲家を超越してしまうのです。アルゲリッチやホロヴィッツもそうですね。作曲家ではなく、彼らの演奏自体がすごい存在なのです。彼らに憧れますが、僕はそういうピアニストではありません。僕はまず何よりも作曲家を尊重したいと思っています」

アムランのレベルのピアニストにとっても、グールド、アルゲリッチ、ホロヴィッツなどは「特別な存在」なんだ…と、まぁ、そうなんだろうな〜と思いながらも、きっぱりと断言するアムランの言葉に妙に感心してしまった。

私自身、聴き手としても「神領域」だと思うピアニストが何人かいるが、そういう人たちは「特別な存在」で、その強烈な個性で「様式感や作曲家を超越してしまう」という言い方が本当にぴったりくると思った。

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話はちょっとそれるが、ここで、昔キット・アームストロングのバッハを聴いたときのことを思い出した。

《キット・アームストロングのバッハに感動!》

このときの私の感じ方はちょっと不思議な感じで、「思いっきり『今生きているキット君のバッハ』が目の前に現出しているのだが、…(中略)…聴こえてくるのはバッハの音楽、という感じ」などと書いている。

つまり、キット君の「個性」と同時に「バッハの音楽」が聴こえているという感覚。もしかすると、こういうのが「作曲家を尊重」する演奏の一つの在り方かも知れない、と思った。

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アムランの話に戻ると、インタビューの時点で、2016年は「すでに70回のコンサートが世界10ヶ国で予定」されていて戸惑っていると言っているのがすごい。さすがにショパンコンクールの影響は大きいということか…?

でも、それよりも期待したいと思ったのは次の言葉である。

「コンクールに入賞して一番うれしいのは、大きな自由を手に入れたことです。…これからは自分の好きな作品を演奏できます。」

聴き手の一人としても、いつもショパンや定番曲を聴かされるのは飽きてしまうので、ピアニスト自身が本当に弾きたいと思っている曲を、できれば私などがあまり知らない新しい曲をどんどん聴かせてほしいと思っている。

アムランが例としてあげているのは「ベートーヴェンの《ロンド》、エネスクの《古風な形式による組曲第2番》」など。エネスクという作曲家はまったく知らないので、さっそく聴いてみようと思っている。

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そして、最後の「ピアノを学んでいる若い方たちへのメッセージは?」という質問に対して、「いつも心を込めて演奏してください」ということに加えて、次のように語っているが、これも、本当にそうなんだと思う。

「ある作曲家に興味を持ったら、その人のあらゆる作品を聴いてみてください。僕は10代の頃、ブラームスの作品に出会って感動し、何週間も彼のピアノ作品だけでなく室内楽、交響曲など、あらゆる作品を聴き続けました。楽譜を見ながら録音を聴いて彼の作品世界に没頭し、ピアニストとしての幅が広がったように思います。」

ちなみに、《ピアノ演奏の聴き方の多様性?:アムランのガーシュウィン》の記事の中で「アムランとガーシュウィンという組み合わせがピンとこない」と書いたのだが、書きながら「誰ならピンとくるのだろう?」と自問自答しながら思い浮かべたのがブラームスだった。

どこか(風貌とか演奏とか…)に、ブラームスを感じさせる何かがあるのだろうか?

いずれにしても、一度、生の演奏を聴いてみたいと思うピアニストの一人である。







ピアノ演奏の聴き方の多様性?:アムランのガーシュウィン

少し前の記事《もっと色んなピアノ曲を聴いてみようと思った ♪》でご紹介した Medici.tv から次のようなお知らせメールが届いた。

"Kent Nagano conducts Barber, Gershwin, and Shostakovich — With Charles Richard-Hamelin"

シャルル・リシャール=アムランがガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」を弾くというので、しかも時間としても土曜日の朝8時から(朝食後ゆっくりしている時間帯)だったので、聴いてみることにした。

ショパンコンクールの演奏くらいしか聴いたことがないのだが、なぜかアムランとガーシュウィンという組み合わせがピンとこないので、どういう演奏をするのか興味津々だった。


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感想としては、ある意味「新鮮」な「ラプソディー・イン・ブルー」だった。変な言い方かも知れないが「クラシカルな」演奏という印象。「端正」な?ガーシュウィンと言ってもよい。

個人的にはもう少しノリのいい、はじけた、ジャズに近い演奏の方が好みではあるが、これはこれでなかなか聴きごたえのある演奏である。「この曲はクラシック音楽だったんだ」と思ったりもした…(^^;)?

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で、ここでちょっと面白かったのが、ウチのカミさんの感想。

カミさんはとても良かったと言っていた。演奏会場はスタンディング・オベーションだったのだが、それに近い感じ方だったようだ。演奏の途中では「よく練習したのね〜」なんて、変な賛辞?もつぶやいていた。

まぁ、演奏自体の好みや感じ方は人それぞれなので、それはよいのだが…。面白いのは、カミさんの場合、「ピアノの先生」的な感想がときどき出てくるので、私の方では「へ〜っ、そこなんだ〜」などと感心?しながら聞いていたりする。

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似たようなことが、この少し前にもあった。

8月6日に放映された「クラシック音楽館」で、河村尚子さんが弾くサン=サーンスの「ピアノ協奏曲 第2番 ト短調 作品22」(パーヴォ・ヤルヴィ指揮 N響)を聴いたときのこと。

私にとっては、あまり聴き覚えのない曲だったのだが、わりと好みの作品だった。…のだが、途中で思わず呟いたのが「ホントはもっといい曲のような気がする…」という一言。

河村さんはわずかのミスもなく一生懸命弾いている。まぁ「うまい」演奏だと言っていいと思ったのだが、なぜか面白くない。曲の良さ・「旨味」みたいなものが今ひとつ伝わってこない。聴いていて心が高揚してこないのだ。

この演奏を一緒に聴いていたカミさんの感想が、アムランに対するものと似ていたのだ。「よく弾き込んでるね〜」「手が小さいのによく弾いてるね〜」「一生懸命だよね…」。

プロなので「一生懸命さ」が表に出てはいけない、という点については、カミさんと私の意見は一致した。…が、カミさんは「良かった ♪」、私は「今ひとつだった…」という点では意見が分かれた。

ちなみに、何となく釈然としない思いを持ちつつ、その後 YouTube でソコロフの演奏で同じ曲を聴いてみた。

Saint-Saëns - Piano Concerto No. 2, Op. 22 (with score, HD)

素晴らしい演奏だった。「もっといい曲」じゃないのかな?と思った私の直感は正しかったと思う…(^^)♪

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それにしても、同じ演奏を聴いても、これだけ感じ方や見方が違うというのは面白い。私にとっては、カミさんのような(元)「ピアノの先生」の意見は、ピアノ練習のポイントという意味で、けっこう参考になったりする。

「姿勢がいいわね〜」「指の形がきれいね〜」「手の重みが鍵盤に伝わってないね〜」「肩上がってる(力んでる)ね〜」等々。ピアノの先生にとっては「音」より前に「形」(弾き方)が気になるものなのだろうか?

ちなみに「ホールでスタインウェイ」のときの写真に写った姿勢が良くなかったので、最近ピアノ演奏の動画を見るときは、私も「姿勢」を気にしたりはしている。







ラン・ランの「スペシャル」は真鍋大度とのコラボ…

先週《ラン・ランのスペシャル・プロジェクト!?》でちょっとご紹介した「スペシャル」の一端が見えてきた。オフィシャル・サイトがオープンして、情報が出はじめた。

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その「触れ込み」はこんな(↓)感じ…。

「クラシック音楽はこの日、新たな歴史を刻むことになる。」
「かつてないテクノロジーと表現の融合によって、…誰も見たことのない未来のステージを見たくはないか。」


このサイトはオープンしたばかりで、"MOVIE"コーナーも "Coming Soon" となっている。なので、分かっているのは「ラン・ランと真鍋大度の率いるRhizomatiks Research とのコラボ」であることくらい…。サイトには「単なるコラボレーションではない」と書いてあるが…(^^;)?。

他に、これをとり上げた記事(↓)があって、こちらの方に「公演情報」が少し出ている。

✏️ラン・ラン(ピアノ)が真鍋大度の率いる最先端テクノロジー集団とコラボレーション、未来のステージが誕生

この記事によると、「演奏曲目は決定次第ウェブサイトにてお知らせいたしますが、全曲目について事前発表の予定はございません」とのこと。

気になる「注意書き」(↓)もある。

※本公演は通常のピアノ・リサイタルとは異なり、PA音響機器の使用、照明演出などを予定しております。
※一部の座席において演出用機材の作動音が発生する場合があります。
※一部の座席において、演出の一部が見えづらい場合がございます。


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ここまで読んできて、そして真鍋大度さんや "Rhizomatiks Research" のサイトの情報(↓)や動画を見て、どうもこれは私向けのイベントではないな〜、という気がしてきた。

DAITO MANABE
Rhizomatiks Research

以下、定年生活者(年寄り…)の正直な感想。

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最初にちょっと言い訳みたいになるが、元理工系の私としては、こういう試みは面白いと思う。でも、面白いと思うのは「技術とアートの組み合わせの部分」であって、それとピアノ音楽の組み合わせという部分ではない。

現物を見もしないで、あれこれ言ってもしょうがないのだが、仮に「メディアアートとピアノ音楽の組み合わせ」が面白かったとしても、音楽体験として「いいなぁ〜!」という感覚を持てるとは思えないのだ。

いいピアノ音楽体験に必要なものは、良質なピアノ作品、ピアニスト、ピアノ、ホール、そしていい聴衆といったところではないだろうか? それで十分だと思うし、それで最高のピアノ演奏を聴きたいと思う。

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まぁ、こういった試みも一つの方向性としてはあるのだろう。でも、これって結局のところ何なんだろう?

①ピアノ音楽をより楽しめるようにする演出?
②メディアアートの素材の一つとしてのピアノ音楽?
③テクノロジーと表現の融合による新たな舞台芸術?

①であればまだしも、なんとなく②になってしまいそうな予感も…。やっている人たちは多分③に近いところを狙っているのだろうが…。

少なくとも、私がクラシック音楽やピアノ演奏に期待するものとはちょっと違うような気がする。

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結局のところ、歳のせいでこういう新しいものについて行けなくなっているだけかも知れない。でも、ちっともワクワクしないのも正直な気持ちなのだ。

まぁ、ピアノ演奏にもその聴き方にも「多様性」があるということは確かなので、こういう試みは大いにやるべきだとは思う。ただ、私としては、同じ「S席 12,000円」を出すなら、お気に入りピアニストの意欲的なリサイタルを聴きたいと思うのだ。

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おまけ。8月10日付の記事(↓)にラン・ランがグテーレス国連事務総長と!写っている写真が載っている。その左手には「腱鞘炎のサポーター」のようなもの("a surgical sleeve" と書いてある)を付けているが、大丈夫か…?

✏️LANG LANG’S PLAYING POLITICS